東京合気道シニア稽古日誌 2006

最終更新日 2009年12月15日

2006年

2006年

1月11日 125日

中野の稽古初日。剣術−剣の素振りでは、腕で早く振るのは肩・上体の動きが出てダメだと指摘される。何度も指摘されていることなのだが、振るのではなく、剣を置くようにしなさいと言われる『剣は置くだけ、ポットは押すだけ』と親父ギャグで一人で喜ぶ先生。置くようにするのが、フワッと置くのか、少しはスピードをつけるのか、そのあたりが未だ分からないが、とにかく置くだけを心掛けよう。上下動をしないように注意をしているが、相変らず力みが出てしまうようだ。

1月14日 126日

剣術−相手が上段、私が正眼から誘いの下段に変え、相手の打ち込みを受け、その剣の接点を動かさずに左手で相手の柄を掴み、そのまま向かって行くと、しゃがみ込むように相手が崩れてしまう技を教わる。相手を変えて稽古をしてみたが、まるでできない。動かない、崩れない。参加者全員ができないようだった。先生曰く『これも三角の練習に過ぎない』。

1月18日 127日

「合気上げ」−体は真っ直ぐ、姿勢を崩さず、指先を相手の脇の下に伸ばすこと。先生との稽古では、これで好いと言われたが、次回も同じようにできるかどうかだ。「下げ手」−これも好きな技−交差した腕を崩すのは右手ではできた。石川先生とHさんの稽古を見ていたら『なぜHさんがこの技をできないのかを分かるように』と言われる。見ていると、手刀を手前に引っかける、こねるようにしている。その後、Hさんと稽古してみたが見たとおりであった。

1月25日 129日

今日は二教・三教の稽古。以前はまるで分からなかった手足の動きが、最近は分かるようになってきたが、それでも一度や二度の短時間では覚えるのは容易でない。二教は技の掛かりやすい人、掛かりにくい人がいるそうで、これは体質的な違いらしい。私は掛かりやすいタイプだと思う。

2月1日 131日

二教は相手にもよるが、初心者や一部の人には技が掛かるようになってきた。私はこの二教を稽古していると武道−合気道をしているという感じがする。力ではなく技で相手を制し動けなくなることが他の技より実感できるのだ。まあ、好みの違いだろうが、初めて技が掛かったときは他の技とは違ったうれしさがあった。それに比べ「呼吸投げ」はまだ正確にできない。二教を稽古しながら地道に身につけていくしかないだろう。

剣の素振りを自宅で始めて一年経った。当初は振り下ろした剣が水平にならず、剣先が下を向いていたが、最近は水平に近くなり、体のぶれも少なくなってきた。素振りの稽古をしている人を見ても、違いが分かるようになってきた。

2月4日 132日

先生から剣の素振りは堅さが取れてきたと言われる。ありがたい。剣の合わせでは『当てようとしない、外れても好いという気持ちで振るように』と言われるが、始めはそう思っているのだが、やっぱり当てたい、との気が強くなってきてしまう。

2月9日 133日

「手解き・外」は手が先に動いている、と言われる。三週間ほど前にも言われたことで、膝の動きを使うこと、と日記にも書いたことだ。忘れることの繰り返し。

2月21日 137日

中野道場が工事のため休みなので上神井の稽古に参加する。稽古は夜の9時から。剣術では、鏡を見ながらの袈裟切り、左右面打ち。八相からの打ち込みが横になっていることを指摘される。とくに左八相がひどいようだ。『剣を立て、相手の剣を自分の正面で受け、肘を引く、相手から目を離さない』ことを何度も注意される。入り身の大切さは何度も書いてきたことだが、二教の稽古でも、入り身をするしないではまるで効果が違うことを実感。最後の呼吸力の稽古で、先生との次元の違いを体感する。しっかり両手で押さえているのを飛ばされてしまうのである。石川先生は四次元の世界である。

2月25日 138日

稽古でいろいろと教わっているMさんより、姿勢がいいから技も掛かりにくいと言われる。

3月4日 139日

「合気上げ」石川先生から『押さえられたとき、一度相手の力を受け入れるのが必要』と言われた。Mさんとも話したが、『受け入れる、力をもらう』と言うのが、体の動きをどのような状態するのか意味が分からない。今の時点では不明である。

3月7日 140日

夕刻、石川先生から上石神井の稽古に来ないかと電話があり出掛ける。以前の話しに出ていたご夫婦が今日から稽古を始めるとのことであった。「合気上げ」の座り稽古で、石川先生の手を押さえこむと、体が浮き上がって後ろに飛ばされてしまった。 痩せているとはいえ53kgの体重である。力で持ち上げられたのではなく、フワッと挙げられた感じ。以前体験した『波』とも違う。「呼吸力」なのであろうが、その技の凄さに今更ながら驚く。稽古をすれば何れできるようになると言われたが、これは無理だろうな。

3月18日 141日 

剣術の稽古で左右の面打ちがある。八相から相手の両面に交互に打ち込む。Aさんと連続面の稽古をしたとき、相手の剣が、私の眉間に当たってしまった。かすり傷程度だったが、注意しないとこういうこともある。二教の稽古をMさんとしたが、どちらも掛からない。正中線、半身、膝・腰のどれかを忘れているか、正確さが欠けているためか。石川先生からも二教の稽古を付けてもらったが、ドーンといた感じで潰された。いやー手首がまだ痛い。終了後石川先生から、お茶を飲んでいこうと誘われ、茗荷谷駅でしばし歓談。

3月29日 142日

中野体育館が利用できるようになった。剣術−連続左右面打ちの稽古。石川先生には目一杯打ち込んでも軽く受けられてしまう。剣を立て、両腕を体から離さず、正面で相手の剣を受け、顔は正面を見る。今まで何度も注意されているが、目が剣の接点を見てしまう癖がなかなか直らない。汗が出る、息が上がるが、今日は学生と3人だけなので密度の濃い稽古ができた。

4月5日 143日

今日は先生と二人だけの稽古。二教の審査をすると言われる。二教は10人いたら6〜7人位に掛からないとできるとは言えない、と自分で決めていたのだが。先生から『道場内では、技を知っている者同士だからから掛かりにくい。外ではもうすこし掛かるでしょう』と言われる。ゆっくりでいいから始めようと審査開始。「肩取り正面打ち」は、受けの肩を掴み、受けが打って来たら右手で受けるのだが、稽古の量が少ないので反応が遅く、先生からも『今後の精進』と言われ審査終了。6級の審査内容の「両手取り呼吸法」と「二教」は稽古も時間をかけたし、技もまあまあ納得できる内容になったと思う。

4月12日 145日  入門3年目に入る

合気道も3年目に入った。この2年間の稽古日誌を読み返してみると一目瞭然だが、ほとんど分からない、できない、覚えられない、の繰り返し。こんなに愚痴が多いと普通なら合気道を止めてしまうところだ。それが続いているのは、つまらない、面白くないとは書いていないこと。できない技を自分なりになんとか体得したいし、稽古の積み重ねで少しずつできるようになってくる。それが、面白さ、楽しさになっている。

自分が面白いと思ったことは、人に伝えたいもの。いろいろな人に勧めているのだが、何と言っても同世代の人は自分で年齢的に難しいと思うのか、尻込みする。そんな人達には一度体験してみると、合気道の好さが分かる気がするのだが。これからも、「できない、わからない」の連発が続くかとは思うが、今まで同様楽しみながら続けていきたい。

今日の稽古は剣の上段からの振り。先生から『剣を振り下ろすとき、上腕を体から離さないようにし、剣を先に下ろすように振る』と指摘される。自主稽古の時に鏡を見ながら振ってみると、なるほど、手首が先になっているのが分かる。どうやら「手首と腕の動きが見えないうちに、剣の動作を終わらせろ」、そんな意味らしいことが分かった。

4月15日 146日 片手取り両手持ちの稽古

「合気上げ」は『もっと足腰・胸を使いなさい』と先生。腕力では駄目なことはわかるが、胸を使うとはどういう意味?胸筋を動かすようにするのか、動かす意識だけなのか。Aさんとの稽古で胸筋を締めて腕を出すようにしてみた。聞いてみるとこの方が効果あると言われたが、本当に効いたのかどうかは、他の人とも試して見ないと分からない。(先生に後で確認したら、「それは違うね」と言われました)

5級の「片手取り両手持ち呼吸投げ−転換動作」−先生からは『持たれた手を相手の接点・正中線に合わせる、押さえられた手首をぶつけない、相手と一体になったまま膝を使い軸をあわせる』など、いろいろ指摘された。この技は今日で2回目だ。両手で押さえられた片手で相手の体を崩す、なんてことは合気道をするまでは考えたこともなかったことで、普通ならとてもできるとは思えない。それが先生には簡単に崩される。『できるまで1年ぐらい掛かりますか』と聞いたら『2ヶ月ぐらいで次に進まないと』と言われた。たった2ヶ月で!前回の時はまるでダメと言った感じだったが、今日の稽古で慣れた。ただ慣れただけ。

4月19日 147日 片手取り・手解きができないと

「片手取り両手持ち」を何人かの人に試してみる。とにかくこの技は、初歩中の初歩の「片手取り・手解き」ができないと話にならない。片手を掴まれた状態で相手の手を外せないのに、片手取り両手持ちで動けるなんて無理なこと。片手取り・手解きと同じ動きしてみる。慣れてきたこともあり前回よりも腕・体が動けるようになってきた。

4月26日 148日 護身術

今日は先週に引き続き護身術。拳での突きは構えたとき肘が両脇から出さず、脇をあけない。稽古では、上段(顔面)2回、下段(腹)2回、上段(顔面)2回、下段(腹)2回、鬼門(胸)2回、水月2回の順で突く。顔面は手の狐拳(甲)で上に払い、腹は掌底で下へ。鬼門(胸)は上腕の外側、水月は内側で払う。先生の突きは、速く、しかも普通の人(私自身も含めた門人)と違って、拳を突く前の肩・腕・体に初動がでないので受けられない。先生の受けも早く、私の突きなど軽く受け止められる。

拳で突くときは体を捻らずに真っ直ぐ打つ。合気道では空手やボクシングのように一撃で相手を倒すのではなく、動きを一時的に止め、あるいは怯ませ、あとは手・腕を掴んでの技での攻撃。また、防御は片手を直線的に顔前に上げ相手の拳を防ぎ、片手は腹を守る。つまり、合気道の基本的な構え。目・鼻を打たれ鼻血が出ると戦意が消失してしまうが、他の部署なら当たっても致命的ではない。と言ったことを教わる。鏡を見ながら肩・腕の動きをチェックすることが必要だ。

4月29日 149日  片手取り両手持ちできた?

稽古に黒帯の人が参加したので(初対面)「片手取り両手持ち−呼吸投げ」を教えてもらう。掴まれた手を自分の体に添うように胸前に上げ(手解きの外と同じか)、軸を立て同時に転換する。言われたようにしてみると、掴まれている腕がスーッと上がる。なんだ簡単!と思ったが、相手が本気で押さえていたのかどうかは分からない。次回に他の人に試してみたい。

この「片手取り両手持ち」に「臂力の養成」がある(臂力とは腕の力を使った呼吸技)。両手で掴まれた手を下げて相手を崩す技。先生にこの技を掛けられると、両手でしっかりと押さえ、両足で踏ん張っていても、前方、あるいは下へ簡単に崩されてしまう。力で崩される、とか、引っ張られるのではなく、体前の支えが急に無くなると言えばいいだろうか。黒帯の人に聞いてみたが、「臂力の養成」は難しく自分にも出来ないと言っていたし、他にできる人も少ないようだ。自主稽古の時、Mさんが、この技は掴まれている手の中指を片方の手でそっと掴み、下げると相手が崩れやすい、と言うので何度か試してみる。すると指を添えた方が確かに崩しやすい。両方の腕を使うことで軸が傾かず、結果的に体全体を使うことになることだと思うが。

5月6日 150日 中指掴みは?

前回の「片手取り両手持ち−臂力」で、片手で中指を掴むと効果があったことを先生に伺ってみると、「それはやり易いだろうけれども、稽古の本質を見失いやすいから、やめたほうが良いですよ」とのこと。ただ、この中指掴みで崩しができると言っても僅かであり、本来の崩しにはならない。軸を傾斜してはダメなことの参考程度だろうか。これからは中指掴みしなくても崩せるようになりたいもの。また、Mさんから変わった技を教えてもらう。「上げ手」を片手で技を掛けるとき、反対の足を上げたまま「上げ手」をすると簡単に上がるという。早速試してみる。右手を掴まれたら、左足を上げた状態で右手を挙げると確かにスーッと上がる。片足立ちになることで却って軸が安定し、力が集中するからか?

5月10日 151日  技は甘くない

2週間前に黒帯さんから教わった「片手取り両手持ち−呼吸投げ」を学生のK君に試してみるがまるでダメ。型は教わった通りに動いたつもり。型だけを教えただけで、黒帯さんは本気で押さていなかった。さっと技を見せて、先生も驚くのではないか、なんて思っていたのだから、私も浅はか。

5月17日 153日  「片手取り両手持ち」今日が一番

「片手取り両手持ち−呼吸投げ」先生に稽古を付けてもらう。腕の交差点(接点)を動かさずに、と言われても腕を力で手前に引く意識が強くなる。何度か試してみるができない。と先生、私の肘を指してここだと示す。『肘を張らないでゆるめる。肩を上下動しない、方向は正中線』。なるほど、こうすると掛かるのか。『良くなったが、まだ手の動きが早すぎる』との注意。「臂力の養成」も今までのなかでは『今日が一番好かった。この感触を忘れないこと』もちろん感触は忘れたくない。でも、直ぐ忘れるのが今の私。さらに『技ができてみると実に簡単なことが分かる』。そんなことが言える日がくるだろうか。

大東流合氣柔術山本角義派・長尾先生の講習会があるので参加を勧められる。2年しか経っていないのに大丈夫かな(壊されないかな)とも思うが、参加することにした。

5月27日 156日 フランス人と上げ手

昨日、通っている太極拳の教室にフランス人が見学にきた。歳は50代半ばの彼は合気道を習っているとのこと。せっかくなので、お互いに「上げ手」を試してみることになった。私が両手を掴むと彼は片足を少し引いた姿勢をとる。重量挙げの選手がバーベルを上げる姿勢に似ている。その姿勢で手を持ち上げようとする。ただ力だけで手は上がらなかった。何処の道場だか分からないが合気道は5年ほどの経験で現在3級だと言っていた。私の上げ手は年令も若い彼に、かなり力のぶつかりになったが、なんとか上げることができた。力技でなくもっと楽にできれば良かったが、現状ではあの程度。それにしても、楽心館合気道の稽古方法のすごさを感じた次第。

「片手取り両手持ち」先生にだいぶ稽古を付けてもらったが、悔しいけれどできない。『相手と一体化、合体すること。前傾せず姿勢を崩さない』と説明を受ける。しかし、姿勢を崩すのが良くないことは分かるが、「合体する」が分かるようで分からない。掴まれた腕を外すには自分から動くこと必要だ。その時、相手がこちらの動きに合わせることはないから、合わせるように仕向ける?相手の気と自分の気を合わせることか?

5月3日 大東流柔術講習会

大東流合氣柔術の講習会に参加。大東流合氣柔術は名前を知っていたし、どんなことをするの、以前から興味はあった。直接先生(長尾先生)に触れて体験したが、技の数が多く、覚えているのは僅か。午後12時30分〜6時まで約5時間、これほど長く続けたことはなく、そのあとの剣術の講習は止めて帰った。

6月7日 158日  ああ難しい

大東流の講習会に参加した翌日は、さすがに疲れてぐったりしてしまい一日寝ていた。なぜか首筋がかなり凝っていた。「片手取り両手持ち」は3週間ほど前に、この感触(上手くできた)を忘れないようにと先生からは言われていたが、残念ながら忘れてしまったようで、学生のS君との稽古では相変わらず腕が先に動く。腕が先にならないように意識をしているのだが。また、相手を崩しにかかるときに肩が先に入ってしまい『入り身をするときに背中を相手向けない』と先生。ああ難しい。

6月14日 160日  軸を通すとは

剣の合わせ(受けが剣を横にし、取りが上段から打ち込む)。私の方は相変わらず力で振り下ろしてしまうが、それでも振りは良くなっていると言われる。石川先生は『剣は置くだけ、ポットは押すだけ』とオヤジギャグを以前から言われていたが、本当に置くだけなのか改めて質問すると『そうです。スピードは遅くなるが、動きが見えなくなる』そして『振り下ろしたときに軸を通す』。軸を通すとはどういう意味なのか?

6月21日 161日  重心は片寄らない

居合腰の修練法を行う。軸を通した状態から脱力落下を使って、稽古相手を崩せるかの確認だ。力んだ相手を倒せるかという、強い弱いの比べっこでないことに注意したい。この体勢で肩が抜ける方向へ引くと受けが崩れる。右手も同じで何度か稽古をし、掛かったこともあったが、右手で腕を下に押しては掛からない。自主稽古になってSさんと稽古をする。Sさんには力で崩しているのかも知れないが掛かる。Sさんからは掛からない。足構えをみてみると足幅が狭いので、肩幅ぐらいに広げてもらいその足幅で試してもらう。それまで、手の力で押されていた感覚が少なくなり、崩れやすくなった。足幅を広げることで重心が片寄らずに脱力し、相手に掛かる力が手だけでなく、体全体の力を使うようになるためではないか。「片手取り両手持ち」ができない原因の一つが、掴まれた片手に重心が片寄り、腕だけで処理しようとするからだ。片手だけで両手に対抗はできないから、腕以外の力を使わなければならないはずで、その一つの解決策が、重心の片寄りをなくす一文字腰、あるいは撞木足なのだろう。と、頭で考えても稽古ではそれができない。「臂力の養成」は『まだ力が入っているが、それで良い』と言われるようになった。

7月5日 165日  突っ込みをしない

「軸を通す」について考えてみたが、背筋を伸ばし、前傾姿勢(突っ込み)にならない、というシンプルなことではないか。全ての技について共通することだろうが、技を掛けるときに頭が先に出る突っ込みになってはいけない。私などはいつも注意を受けている。「片手取り両手持ち」も腕を上げようとして頭が下がる。「上げ手」では肩が下がる。というより技が掛からないから、持ち上げようとして頭、肩を下げてしまう。稽古で相手の技が掛からないのは殆ど姿勢が崩れていることは分かる。ただ、自分が掛ける立場になるとスーッと忘れる。「片手取り両手持ち」−石川先生は『臂力の養成も呼吸投げも同じ動き、膝・腰を使う』。

後日、「軸を通すとは、何ですか?分かりません」と先生に質問した。三つの要素をお話されたので、記録します。

1、肉体の要素。軸を天地人に立てる。 2、心の要素。気を通す正中線。 3、運動の要素。脱力直線運動。

この三つが同時に成り立たなければならない。とのことでした。我々にしてみれば、毎日聞いている話であった。

7月12日 166日  自分で努力、工夫を

「二教」を学生のS君と稽古。まるで掛からない。その後Y君にも掛からない。相手が上手くなったからか?いや、正中線がずれていたか?捻りすぎか?気が通ってなかったか?とにかく原因が分からない。ショックだ。「片手取り両手持ち」は腕が直線でなく、廻していると言われたが、自分では直線のつもりだ。しかし、つもりではダメなのであって、この2年間何度も出てくる愚痴。それを直すのは、まず、半身になる(足が平行では肘が直線に曲がらない)。ゆっくりと正確に直線に相手の正中線に入る。肘、腰を使う。腕を先に動かさない、と先週教わったばかり。考えながら稽古することが必要だ。先生曰く『技は教えられたことをやっているだけでは上手くならない』。自らの頭で考え、工夫、努力しなさい、と言うことだ。

7月19日 168日  肘は張らない

「片手取り両手持ち」は先生曰く『正中線に直線で入ったあと、肘を張らない。手首は上げるのではなく手前に引く』。手首は掴まれたときは脱力−腕の張りを無くす−、引くときに膝・腰を使い少し体を沈める。確かに手首を上げようとするより、引くようにした方が滑らかだ。肘が相手の直線に入るのはできるようになってきた。何人かに試したところ、力で持ち上げている感じが無くなった。3ヶ月前に比べると進歩はしている。先生からは今月中に審査をしよう、と言われたが、手首を上げることばかりで、その後の型がうろ覚えである。後1ヶ月ぐらい必要だ。

7月26日 169  千葉周作

土曜日は風邪ひきのため休む。無理は禁物。剣術−素振り法の確認をする稽古がある。先生との稽古では、振れば外され、受ければ当てられる。先生からは、『相手の気を察知すること、続ければ何れ分かるようになる』と言われているが、気を察知するとなると、名人・達人の領域のようで、今の段階では遠い道のりだ。 先日読んだ小説‘千葉周作−津本陽’(千葉周作−幕末の剣術家で北辰一刀流の開祖)の中に次のような文章があった。千葉周作が門人に『稽古のあいだは、相手の切っ先と拳から眼を離してはならぬ。相手の打ち、突きの動きは、切っ先と拳をみていれば全て分かる』とある。読んで「なるほど」と思った。拳、あるいは剣先は真っ先に動くからそれさえ見極めればいいのだ。相手の拳、剣先の動きを捕らえた瞬間に体が反応できれば外すことができる。もちろんかなりの稽古が必要だろうが、できそうな気がして実践してみた。

相手の剣先・拳を見る、動く瞬間外す……ことはできなかった。拳が動いたと思ったときはすでに剣が飛んでくる。改めて感じたことだが拳・剣先の動きは肩・体の動きよりもかなり早いことがわかる。それなら、同程度の技量なら肩・体の動きを見ていれば外せる。剣先・拳の動きを見慣れ(動体視力)練習を積めば、剣を外すことは今よりも進歩できるかもしれないが。この千葉周作のことを先生に話したところ『それは無理である。振りの早さでなく動きの一致が大事』とのこと。

7月29日 170日  「入り身」の基本動作

「入り身」は言葉だけで、体がどのような状態にすると入り身となるのかが分からなかった。その基本の動きを稽古する。先ず右半身に構え、左右の足を前後に入れ替えながら、右手を引いた足の前にゆっくりと真っ直ぐ下げる。手の角度、右手と体の間隔は開かないようにし、居合腰になる(左手はそのまま)。これを左右交互に行う。下げ手の技に繋がる。

8月1日 171日 個人授業日(1)

今夏は3日間、個人授業を受けることになり、その第一日目。基本のおさらいで「入り身」。入り身の型を繰り返し、両手交差している先生の手に片手を乗せ、入り身をしながら手を下ろす。顔は突っ込まない。突っ込まないとは、コトンと前に傾げないで、背中と直線になっている状態だと思うが、一度確認する必要あり。

「矢筈」−手首を掴まれた状態から矢筈(弓の弦にかける部分が親指と人差し指を広げた形に似ているので)で持ち上げる技を教わる。そのままでは手の甲が当たるので、手首はだらりとしたまま、手解きの「上」と同じで上げる。この技ができると通常の手解き(上げ手から掴み直し)より、直ぐに相手の手首を掴める。   「片手取り両手持ち」−先生から『「臂力」は今後の稽古の中で研究すること、「転換−両手持ちの受けを崩したあとの動き」等はこれでよし。次回に審査するので、今日から三教・四教・五教の稽古をする』と言われる。その四教、先生に手首を掴まれると、外すことはもちろん、どうにも体を動かすことができなくなる。腕の動きのまま、まるでタコ踊りをさせられているようだ。四教での手首の掴みは慣れるしかないとのこと。

8月5日 172日  下げ手

「入り身」の稽古は先週と同じで、半身から両足を前後して手を下げる基本稽古。その後、受けが居合腰で腕を十字に組み、取りが片手首を載せて崩す「下げ手」の稽古。Tさんと組む。Tさんは体格がよく威圧されそうで、どうかな、と思ったけどまあまあ掛かったと思う。この下げ手の稽古では、手が正中線だけに向かっているだけではダメで、『相手との手の角度が大事だ』と先生。剣の相対稽古で受けが剣を正眼、取りが剣を横にし、両手で持ち、前進(入り身)をするとき、剣の交差点から受けの正中線へ意識を通すと、力を感じないで崩す(前進)ことができるが、そのことと同じではないかと思う。交差した腕に載せている手首を通して相手の正中線に気を通すこと。「正面打ち呼吸投げ」でも、指先でカミソリを切るようにだけでなく、交差した手首を通して気を通すことが大事なのではないか。

「片手取り両手持ち−呼吸技」の審査を受ける。「臂力」は殆どできず、「呼吸投−転換動作」は型をきちんと覚えていないのだが、「分からないところは飛ばしてかまわないから」、とのことなので、受けをMさんに努めてもらって審査を受けた。『覚えていない技、できない技は今後の稽古の中で精進するように』とのことで審査終了。片手取り両手持ちー転換動作は始めたのが4月なので、約4ヶ月になるが、道場へ来ている何人かの人には掛かるようになった。しかし、うろ覚えの型があることは反省。「臂力」もいつかはできるようになりたいと思う。いや、思うではなく、なるぞ!

8月22日 174日 個人授業日(2)

入り身について先生に質問。軸を通すとは?『前後左右にぶれないで、三角形を作る。膝、腰の動きを使う』と言った説明を受けたが、まだ十分には分かっていないと思う。今後の稽古の中で理解するしかない、か。

剣術−上段に構え、撞木足(足の構え)を前後に入れ替えながら剣を振り下ろす。これは無限神刀流居合術の月影という技から取った、基本の素振りだそうだ。このとき、どうしても足が敏速に動かない。歳だからと弱音を吐くと『足の動きを気にしないで、「軸を立てる・軸を通す」ことに意識を集中する』と言われる。やってみると、それまでよりバタバタしないで動かせる。意識を変えただけなのに、動きが違ってくる。

手解き各種−掴まれた手首を手解きの「上」で挙げ、相手の手首の上に載せ、正中線を意識しながら前進し崩す。その他の手解きを教わるが、好きな技なので面白い。入り身が大事。

右手首を左手で掴み(逆も行う)、前腕部に右手刀を載せ、正中線を意識しながら、肩が抜ける方向に抜くと相手が崩れる。掴んだ腕との三角形を意識し、手首を体から離してみると掛けやすい。この技は横並びからの崩し技と同じで、手刀で力押しするのではなく、脱力で崩すこと。石川先生が教わった長尾全佑先生(大東流柔術)は、指二本で崩したそうで、先生もそこまではまだできないとのこと。  この他、いくつか興味のある技を教わったが残念ながら忘れてしまった。先生からは『言葉でも大事なことを沢山言っているのだけど』。そう、今の言葉は忘れないようにしようと思い、自宅に帰って覚えているのは日誌に書くが、記憶に残るのは少ない。先生の言葉は私の財産なので、録音でもできればよいのだが。これが私の現実だ。



8月26日 175日  手首直らず

「合気上げ」−『自分が脱力した瞬間に相手に入る、攻める』と先生に何度も言われていることだが「自分で脱力する−ゆるめる」は単に腕の力を抜くのか?これが理解できない。三教〜六教までの掴み手をMさんや学生に習うが、痛めた左手首が直らず、右手しか使えないのでやりにくいし、右手ばかり使っているので疲労がたまり、筋肉痛になっている。疲労だからしばらく休めばいいような気もするのだが。

8月29日 176日 個人授業日(3)

「手解き、合気上げ」などを復習。疑問だった‘脱力する’については『脱力するとは、体の力をフワッと息を吐く(ように力を抜く)、胸がストン!と落ちる(気持ちの上で)』。これが脱力し、相手の力をもらう、あるいは力を受け返すことのようだ。もちろん軸は立て、肩を下げずに直線となる。この他、「手解き・上」の技術的な手の使い方、柏手からの入り身、三教の掴み手などを教わる。

剣術−左右の八双の構えを教わる。八双に構えたとき、剣の中に身を入れる(顔の前に剣を立てる)ことがまだきちんとできない。この構えができないと相手の袈裟切りの剣に切られてしまう。この後、左右の八双からの打ち込みをしたが、打ち込みが直線でなく斜めからの振りになっている、と注意を受ける。この斜め振りの訂正ができない。もちろん自分では直線に振っているが、受けの正眼の剣を払う、当てようとする気がでて、斜めとか横振りになってしまうようだ。

個人教授を受けると、当然のことだが効果が違う。先生からは丁寧に何度も教わるが、覚えが悪いので先生もげんなりするのではないか、と思うが今夏も充分勉強になった。今日は家に帰っても教わったことをいつもよりも覚えている。こんな時もある。

9月9日 179日  半身の一致とは

稽古冒頭に先生から『半身の一致とはどういうものか?』と今日の参加者に質問するが、答えられない。『自分の手足の動きの一致。相手との半身ラインの一致です』と先生。何度も聞かされたことだが、改めて質問されるとエッ何だっけ、となる。基本が分かっていない事になる。「二教」では相手の腕を掴むときに、手首を握るのと、手刀を当てて崩すときがあるが、この手刀の当て方を直される。手刀を立て、気を通して指先を下げる。それを最初から下げていた。この違いが大きな差となる。

9月20日 181日  剣は等加速度運動で振る

風邪が治らない状態で道場に行き、汗をかけばスッキリかと思ったが、悪化してしまい先週の土曜日は休む。「無理は禁物」を忘れた。18日の「伝統武道と合気道」の演武会は、石川先生の、無限神刀流・組居合は他の居合流派と違って、実戦風の居合で迫力があった。

剣術の素振り−『等加速度運動で剣を振ると、動きが相手に見えない』と何度となく言われていることだ。正面からでもそうだが、横から先生の振りを見ていると、早く振っているようには見えないので、外せそうに思える。しかし外せない。気が付くと当たっているといった感じ。私がこの稽古をすると、初めはゆっくり振っていても、当たらないとスピードで当てようとビュンビュン振るようになる。直らない。この「等加速度運動で振る」が本当に分かっていないことになる。

9月27日 182日 美空ひばりを思い出す

歩行−自然体から右半身、左半身に構えるとき、体を沈めて動いている(上下動の癖)と直される。なぜだか、美空ひばりの唄‘越後獅子’を思い出した。「美空ひばり」といっても若い人は知らないだろう。戦前・戦後を通して最大の歌手。その歌詞の中に ?今日も親方に芸が悪いと叱られた? とある。もちろん先生に叱られたわけではないが、間違った動作を直ぐに指摘される事は有難いことである。基本が大事と自分で意識するようになっても、チェックがなかなかできない。先生をみていて、『優秀な師は間違いを直ぐ指摘して正す人』。だと思った。もちろん私の場合だが。人それぞれだから、それに合わせる師も大変だな。

9月30日 183日  両手を後ろ掴みされたら

自主稽古の時間で「後ろ両手取り・三教」の稽古。両手を後ろから掴まれたとき、どう外すのか。掴まれた接点を動かさず腰を落とし、左右に出ようとしても、手が上がらない。手を上げようとすれば単に力の引っ張り合いになってしまう。9月から始めて40日余り、三教、四教の掴み手ばかり稽古し、後ろ両手取りはほとんど稽古しなかった。いつものことで、愚痴にもならないか。

10月4日 184日  理屈で考えない

「後ろ両手取り・三教」は『理屈で考えてもダメだ、手・足・腰を同時動かす』と先生。稽古が足りないこともあるが、他の技と同じで手・足を同時に動かしたつもりでも、ほとんど手が早くなる。かなり意識しないといけない。左手首の痛みは何度か針治療に通い、だいぶ良くなる。

10月14日 187日 

「後ろ両手取り・三教」Mさんから体を半身にし、腕を上げてみたらと言われ、やってみると、なるほど上がる。Fさんと試してみたところ、両手を外すのができる。女性なので抜け出せたこともあるが、彼女にも教えて、同じように試してもらうと納得していた。

Mさんが9級の審査を受けるというので直前の稽古相手をする。「片手取り・入り身呼吸投げ」を私が取りになり、入り身をしたあとの型が崩れ、手が取れてしまうので、先生に再度教わる。片手取り入り身をしたあと、三角を作る(右手の時は相手の胸前に手首を出す)が忘れていた。「入り身呼吸投げ」は型を中途半端に覚えたので、その付けがこうやって返ってくる。基本技であり、他の9級の技も含め正確に型を覚えないといけない。

10月28日 191日  切り込み

剣術−「切り込み」の基本を学ぶ。相手の上段からの打ち込みを、我は正眼から半身撞木足で受け、切り込む型がある。受けた剣の交差点(接点)を動かさず、剣を立て反対にその剣を押さえ込んでしまう。しかし、稽古では相手の剣を交わそうとして横にねじる、あるいは押したり引いてしまう。難しい。木刀という物を通してことなので、手で掴む、触るといった感触がないから、余計に難しい。たまに稽古する程度ではとても習得できそうもない。また、上段の構えも直される。上段の剣先は真後ろ45度にとずっと思っていたのだが、剣先を少し右にするようだ。

11月4日 192日  三教〜五教の型を確認

昨日一今日と、演武会のDVDで「三教・四教・五教」を見て手首の掴みを確認しようとしたが、画像が小さいので不明。今日の参加者の中に、以前会ったことのある人がきていたので、その人に4級の型を教わり、どうにか動きが確認できるようになってきた。後1ヶ月ほど稽古すれば動きも良くなるだろう。

石川先生より本部で居合のクラスを増やすが参加しないか、とのがメールあった。誘われたその曜日は出社日なので、誘っていただいたがお断りした。いくら企業経営者とはいえ、この日ばかりは休めない。

11月9日 193日  刃音は必要ない

参加者3人と少ないので、先生から三教〜六教までをみっちりと教わる。掴み手は先生からも指摘されたように、まだ、的確ではない。それでも学生のT君に教わるなどして先週よりもかなり覚えた。先生から今月中に審査と言われたが日を延ばしてもらう。

剣術−前回の上段の構えを先生に確認したところ、左上段は剣先が右になるのが型であるようだ。今日はその上段の変形というか、中上段(剣の柄がこめかみの位置)からの打ち込み稽古。学生との稽古では当てることができる。しかし先生からは『刃音がするようではだめだ』と言われた。早く振れば音が出るが、刃音がするような手振りがだめだ、ということか。



11月14日 居合を始める

居合を始めることになった。火曜日の夕方から1時間、場所は上石神井体育館となり、今日が初日。刀は模擬刀で石川先生から借用。刃は合金製で刃の表面は削るというか、危なくないように少し平らになっている。先ずは模擬刀を腰に差す。手にするのは初めてなので重さは比較できないが、初心者練習用なので特別に軽いとのこと。

稽古は納刀から始まる。先生から『危ないから、ゆっくりと』。親指と人差し指を合わせ、柄の鯉口に添わせ指同士は離さないで刀を納める。今まで演武会などでは見ているが、自分で演じてみると、鯉口を見ながらゆっくり行っても、刃先がなかなか鞘に入らない。刃先は尖っているので緊張するし指を突きそう。何度も繰り返す。そして、先生の演武。流れるような剣、体の動き。先生が『自分で言うのも変だけど格好好いでしょ』と言っていたけど、ホントそのとおり。その後は抜刀から納刀までの一連の型を教わる。とにかく模擬刀とはいえ、刀を手にするとかなり緊張し、汗もびっしょり。精神的にかなり疲れた。

11月15日 195日  型がまだ不安

4級を年内に審査してけりを付けよう、と石川先生。まだ型の流れが不安であるが、分かりましたと返事をする。稽古で「肩取り四教」「横面打ち五教」を教わるが、その時は良いのだが、自宅に戻るとあいまいになる。12月まであと5回、覚えよう。



12月6日 197日  石川先生の言葉

旅に出ていたので2週間振りの稽古。先生曰く『縫いぐるみは中の人が動かなければ動かない』。技を掛ける動きも丹田を意識して内側を柔らかく動かさなければ、外側をガチガチと動かす、と言うことであろうか。私は体の中を固めたまま、外側だけを動かしているような気がする。先生は「養氣錬丹」と標榜されていることについて、それとなく伝えてくれたのだと思った。先生は若い頃から、「デンデンムシの眼がスッと伸びる、あの感覚を心がけた」と仰せになっている。また曰く『技は小さな動きで充分、力の入れすぎや、大きな動きは掛からない』。これは二教の稽古で言われたが、先生の手の動きに較べると、私の手の動きは大きく、力が入りすぎだと思う。忘れないで稽古に生かさなければ意味がない。「入り身の手」にしても『丹田・骨盤から飛ばし出すように』と言われる。手で押してはダメなのは前から言われているのだが、普段の稽古でも丹田からの意識をほとんどしていない。僅かに合気上げの時ぐらいである(忘れなければだが)。

「肩取り六教」受けを一教肘抑えで崩して片膝を立て手首を掴んで伸ばし、片手は上腕部を抱える。先生からこの技を掛けられると腕が折れそうな痛みになるのが、私がやってみると掛かってないことが分かる。実際元の鎧組討柔術では、この技は腕を折るのが目的だそうだが、腕を押さえたとき、腕全体を肩に向かって持ち上げることが必要であった。これでまた一つ覚えることができた。

12月9日 198日  頭の突っ込みが直らない

稽古の希望を聞かれ、久しくやっていないので一教をお願いする。「正面打ち一教」−打ち込んできた手刀を受けたとき、自分の手刀は約45度で受け、左手の肘押さえも45度、この角度は自分から見ると三角形になる。この△ができていると崩れないので重要。稽古では先日言われた力の出しすぎと、頭の突っ込みを注意される。この突っ込みも、先生から『なかなか直らないね』とよく言われているのだが、ホントなかなか直らない。後の稽古は合気柔術でブワーンと振り回すような技であった。

自主稽古でM君に四教を教わる。「横面打ち五教」−左手で受けた後、右手は上から掴むこと、相手を一教で押さえた後の掴み手の順序はどちらでも構わないこと、その後の極め手も含め、分からなかったことがかなり理解できた。また、先生からは『きちんとした掴み手はまだ無理だから1級になったら覚えればよい』。

12月13日 199日  4級審査

先生『今日、審査をするから、その稽古をするように』。受けは学生のO君に相手になってもらうが、掴み手がまだ充分でなく不安。しかし、時間は止まらず4級審査開始。「正面打ち五教」で極め手を三教でやってしまう。ウーンまずい。先生に注意される。相変わらずのあやふやである。先生『掴み手も含めて、今後も精進してしっかり覚えればよい』との講評。5級の審査でも同じように今後の精進と言われている。私は特定の技に集中して稽古をする傾向があるようで、このあたりは直さなくてはいけないこと。稽古が終わり帰り際『次の小手返しはしっかり覚えるように』と先生。何でこんなに覚えが悪いのか、と思っているのではないか。

12月19日 居合3日

初めに刀の持ち方から。刀の持ち変え、あるいは帯に差すときなど、礼法の所作がたくさんあって、覚えるまで大変だ。納刀は、鞘の鯉口を見なくても入るようになった。一か月前に先生から出されていた宿題も稽古し、基本三種類の「刀の抜き」は、形式だけ抜くことはできるようになった。

12月20日 201日  今日から小手返し

今日から「小手返し」の稽古。「両手取り・拍手小手返し」と、「正面打ち小手返し」。拍手小手返しは今まで何度か稽古したことがあり、型は覚えているので、あとは正中線への正確な入り身ができるかどうか。「正面打ち・小手返し」は手刀を受けたあとの捌き方が大事。



12月23日 202日  忘年会

本年最後の稽古日。終了後に忘年会があるので他の支部の人も参加して賑やかな稽古。手解き、剣術などの稽古。「二教」は古参の人に技が掛かる。一時はできなかったが最近は復活というか、掛かるようになってきた。特に入門して日が浅い人でなく、数年の経験者にできたのが(正確でなくとも)うれしい。学生との稽古で掛からなかったことを思い出す。ゆっくりとだが上達しているようだ。体育館の会議室で忘年会のあと、茗荷谷駅前の居酒屋で二次会。11時過ぎまで続いた。何はともあれ、今年も怪我なく無事に稽古終了。



2007年