双極性障害かASDかは重要じゃないと思っている|精神看護の現場で働く看護師としての実感

双極性障害かASDかは重要じゃないと思っている|精神看護の現場で働く看護師としての実感

自分は、双極性障害なのか、ASDなのか。
そう考えながら生活している。
けれど正直なところ、今は診断がつくかどうかに、
それほど意味を感じていない。

診断名がついても、生きやすくなるとは限らなかった

精神科病棟で看護師として4年間働いてきた。
双極性障害、ASD、統合失調症、不安障害。
たくさんの診断名と、その人の生活を見てきた。

その中で、はっきりと感じていることがある。
診断名がついたからといって、人生が急に楽になるわけではないということだ。

安心する人もいる。
でも一方で、
「ラベルを貼られただけで何も変わらない」
そう感じている人も、少なくなかった。

薬物療法だけで「治る」ものではないと感じている

精神科では薬物療法が中心になることが多い。
実際、症状を和らげる効果は確かにある。

でも、
こだわりの強さや、
納得できないときの衝突、
感覚的な違和感まで、
薬ですべてが解決するわけではない。

それは患者さんを見ていても、
そして自分自身を振り返っても、同じだった。

直そうとするより、理解してもらう方が現実的だった

自分には、こだわりが強い部分がある。
納得できないことは聞き直すし、
自分の中の正義に反すると、簡単には譲れない。

周囲に合わせて直そう、
もっと柔らかくなろう、
そう思えない自分もいる。

以前は、それを「努力不足」だと思っていた。
でも今は違う。
直すことより、どう関わるかの方が現実的だと感じている。

説明できない感覚と、分かってもらえない苦しさ

一番しんどいのは、
自分の中に確かにある違和感や正義を、
言葉でうまく説明できないことだ。

感覚的にははっきりしているのに、
論理的に説明しようとすると崩れてしまう。

その結果、
「感情的」「頑固」「面倒」
そう受け取られてしまうこともある。
それが、イライラにつながる。

精神看護の「リカバリー」という考え方に救われた

精神看護の現場で大切にされている考え方に、
「リカバリー」がある。

リカバリーは、
症状をなくすことや、
元の状態に戻ることを目標にしない。

特性や困難があっても、
その人なりの人生を取り戻していく過程
そのものを大切にする。

この考え方は、
患者さんだけでなく、
自分自身にも必要なものだった。

具体的に変えたのは「自分との関わり方」だった

以前の自分は、
イライラするたびに自分を責めていた。
「また衝突した」
「やっぱり自分はおかしい」
そう思っていた。

今は少し違う。
イライラしている自分に気づいたら、
「今は刺激が多すぎる」
「説明しようとしすぎている」
そう整理するようにしている。

無理に直さない。
距離を取る。
休む。
それも立派なリカバリーだと思っている。

理解してくれる人と生きていく、という選択

最終的に行き着いたのは、
「自分を分かってくれる人と生活していくしかない」
という、少し開き直ったような考えだった。

全員に理解されなくていい。
周囲に無理に合わせなくてもいい。

それよりも、
特性を知った上で関わってくれる人と、
被害が少ない距離感で生きていく方が、
現実的で、長続きする。

同じ悩みを抱えている人へ

診断がつくかどうかで、
自分の価値が決まるわけではない。

直そうとする気持ちが湧かない自分も、
間違っていない。
それは諦めではなく、
自分の特性を前提に生きようとしているだけだ。

精神看護の現場で見てきた多くの人たちも、
回復とは「うまくやること」ではなく、
何度でも立て直せることだった。

診断より、リカバリーを選んで生きている

自分は、双極性障害かASDかもしれないと思いながら生きている。
けれど、診断名にしがみつくつもりはない。

看護師として、精神看護の現場で働いてきた経験から、
大切なのは「治す」より「関係を続ける」ことだと感じている。

今日も、自分との関係を壊さないように、
リカバリーという考え方を手がかりに生きている。

免責

本記事は筆者の個人的な体験と看護実践に基づく考察であり、
医学的な診断や治療を目的としたものではありません。
心身の不調や生活上の困難が強い場合は、
医療機関や専門家への相談をご検討ください。

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