イライラする、効率が悪い、役に立たないと感じるとき──それは誰の評価だろうか
「イライラする」
「むかつく」
「自分は役に立っていない」
「効率が悪い」
こうした言葉は、職場でも家庭でも、そして稽古の場でもよく聞かれる。
一見すると自己評価のように見えるが、私は以前からそこに違和感を覚えてきた。
それは本当に「自分自身の評価」なのだろうか。
評価は、必ず“枠組み”の中で生まれる
「効率が悪い」「遅い」「役に立たない」という評価は、
単独で存在することはない。
必ずそこには、
この時間内に終わるべき
この順番で理解するべき
この役割を果たすべき
という**前提(枠組み)**がある。
その枠組みに合致した人は「できている」とされ、
外れた人は「問題がある」と見なされる。
つまり、多くの自己否定は
自分の内側から生まれたものではなく、外部の基準を内面化した結果だ。
合氣道の稽古で見える「効率が悪い人」
合氣道の稽古では、この構造が非常によく見える。
動きをすぐに覚える人もいれば、
同じところで何度も止まり、確認を繰り返す人もいる。
外から見れば後者は、
「要領が悪い」「進みが遅い」「効率が悪い」と評価されやすい。
しかし、身体感覚の獲得は直線的ではない。
剣術の理合い、中心軸の感覚、力の抜け方は、
速さよりも「引っかかり続ける時間」によって育つことが多い。
同じところで止まることは、
停滞ではなく必要な工程である場合がほとんどだ。
相手の枠組みでは、うまくいかないことがある
問題が生じるのは、
自分のペースで必要な工程を踏んでいるにもかかわらず、
他人の枠組みで評価されたときだ。
相手の基準では、
遅い
非効率
役に立たない
と見えるかもしれない。
だが、自分の枠組みの中では、
必要なところで止まり
必要な時間を使い
理解すべき点を整理している
つまり、うまくいっている。
評価が合っていないだけで、
人生や稽古が失敗しているわけではない。
家族や仕事の中では、このズレが強くなる
理屈として理解できても、
家族や仕事が絡むと話は単純ではなくなる。
生活には期限があり、
役割があり、
「待ってもらえない現実」がある。
その結果、
我慢する
自分の感覚を後回しにする
ひたすら働く
という状態が続きやすい。
このとき生じるイライラや怒り、無力感は、
性格の問題でも、能力不足でもない。
枠組みのズレを抱えたまま耐え続けている反応だ。
合氣道が示す、もう一つの評価軸
合氣道の稽古が教えてくれるのは、
評価軸を「外」から「内」に戻す視点だ。
今、身体はどこで止まっているか
何に引っかかっているのか
何を理解しようとしているのか
これらは、他人が決めるものではない。
稽古では、
速さや効率よりも、
向き合い続けているかどうかが問われる。
これは人生にも、そのまま当てはまる。
自分の枠組みの中で、進んでいるか
「役に立たない」と感じたとき、
「効率が悪い」と言われたとき、
一度立ち止まって考えてみてほしい。
それは、
誰の枠組みでの評価だろうか
自分の枠組みでは、何が進んでいるだろうか
相手の基準に合わないことと、
自分の人生がうまくいっていないことは、同義ではない。
締め|問いとして残す
人生も、稽古も、
すべての人が同じペースで進むことはない。
それにもかかわらず、
同じ物差しで測ろうとすれば、必ず歪みが生まれる。
あなたが今、
「イライラする」「役に立っていない」と感じているなら、
それは本当に自分の問題だろうか。
それとも、
相手の枠組みで自分を評価しているだけではないだろうか。
