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東京合気道シニア稽古日誌 2019 番外編

最終更新日 2097年6月19日

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2019年

合気道稽古日誌・番外編 未知との遭遇―掏摸と接触 


◆ポルトガル・リスボン バス停での被害

 数年前の6月下旬、私たち夫婦は観光名所に行くためホテル近くのバス停に向かった。待つこと15分余り、遅れた路線バスが到着したが、5~6人ほどだった待ち人が20名近くに増え、一斉に乗車口に殺到、先に乗った数人がステップを上がった所で何か喚いている。あとに続いた人たちはステップで留まり、私も含め残りの人たちは乗車口の周りで、前が詰まり後ろからは押されて身動きできない。妻も押された影響で斜め先で止まったままだ。時間にして2~3分、やっと前が動き出し乗車できた。
 車内は混雑していて観光客が多い。20分ほどで目的地に到着、下車して観光名所に向かったが、チケット売り場で妻が「財布がない」と言う。バッグの中を改めたがない(私自身の被害は無い)。下車後の道筋で落とした形跡もないから、バスに乗るときの騒ぎの間に掏られたのではないか、となった。
 改めて、バスに乗るときの状況をチェックしてみた。バス停に一人か二人の仲間が乗客を装って待つ。観光客などが集まると、周辺で様子を窺っていた仲間が集まる。バスが到着、数人が最初に乗り込み、乗車口を上がった所で理由をつけて騒ぎを起こし、壁を作って乗客を止める。後方の数人は集まった人たちを囲むように背中を押して身動きできない状態にする。中間の数人が狙っていたカモ(観光客)の財布を狙う。7~8名の集団掏摸ではないかとの結論になった。
 掏摸の被害に遭ったのは初めてのこと、一応、現地の日本大使館に連絡したが、「よくあること、警察に届けても犯人が捕まることはないし、お金も戻らない、まず、時間も掛かる……」。被害者がかなり出ているとのことだった。



◆チェコ・プラハ 地下鉄での被害

 次に、私の友人が遭遇した翌年の体験談。彼は高校時代の同級生で、飲み友達。
 「チェコは初めて行った、女房と一緒にね。プラハは地下鉄があり街の散策に便利なのでよく利用した。ある日、夕食を目的に地下鉄で繁華街へ向かった。車内は帰宅時間なのでかなり込んでいた。目的地は乗り換えが必要なので、俺たち夫婦は出入り口中央にある支柱に掴まっていた。
 15分ぐらいで乗り換え駅に到着、乗客が出入り口に集まる。ところがドアが開かない。ドアの付近で女性客が何やら大声で言っている。後ろから押される圧力が強くなり前後左右詰まって動けない。まだ開かない。そこで俺は気が付いたんだ、この地下鉄はボタンを押さないと開かないことだ。観光客か乗りなれない乗客がドアの開け方を忘れて焦っているのでは、とその時は思った。
 時間にしたら、せいぜい2分か3分だと思うが、やっとドアが開いた。ホッとしてホームに降り、まず女房を探した。チェコ人は男も女もデカいからさ。女房を見つけ、乗換線のホームに向かって歩きだしたら、「財布がない!」と女房が叫ぶんだ。「バッグに入れていた財布が見つからない」「よく探してみたら」「ない、盗られたんじゃ…」
 結局、財布はなかった。到着した出入り口の騒ぎで身動きできない時に掏られたんだ。“ドアは開けられなかった”のではなく、掏摸仲間数人が“開けられない振りをした”、観光客や地下鉄に乗りなれない人を装って。集団の掏摸だよな。まあ、財布と言ってもがま口で、少額なので助かったよ」。友人はそう語った。



◆マルタ島 路線バスに乗る 

 7月初旬のマルタ島(マルタ共和国)、気温は東京と変わらないが空気が爽やか、好天気にも恵まれリゾート気分を十分に味わえる。マルタ島は路線バスが発達しているのでどこに行くのも便利だ。今日は島の東南方面にある観光地に向かう予定で、私たち夫婦はホテル前のバス停から路線バスに乗った。木曜日で時間は午前10時を回ったところ、座席は埋まっていて、数人が立っていた。
 バスは左にカーブしながら緩やかな坂を上っていく。進行方向左側が海なので私は乗車口近くの中央部で吊革につかまり、目前の風景が入り江から地中海に広がり、空の青さと海の藍さを眺めながら観光気分を味わっていた。妻は乗車口近くから海を眺めていた。夫婦喧嘩をしていたわけではない。背中が寄り掛かれるスペースがあったからだ。
掏摸との接触
 地中海を眺めるのに気を取られていたら、いつの間にか右隣に、ジャケットにネクタイ締めた男が私と同じ向きで立ち、窓外を眺めているのに気が付いた。服装から会社員と思えるが、私たちがバスに乗車したあと、乗車口からジャケットを着た男が乗ってきた記憶はない。車内の前方から移動してきたようだが、混雑している訳ではないのに私の隣に来たのが気になった。
 乗車して二つ目の停留所にバスが停車すると、痩せ気味で背が高く顔は髭だらけ、アラブ系と思われる男が乗ってきた。手に新聞を持ち、白のTシャツにグレーのズボンでサンダル履き。観光客ではない。外国人の歳は難しいが30代前半あたりか。一見うさん臭い。乗車口近くにいる妻の隣に一人分空けて立ち、持っていた新聞を広げ始めた。
 バスは建物がまばらな地域に入ってきた。私は変わらず窓外の地中海を眺めていたが、身に着けていた七分ズボンの右足ポケット辺りに何かが僅かに触れた。柔らかな当たり、面ではなく点として。何だろう? 右隣はジャケットの男が立っているだけだ。男が何かをした? もしかして…、思い巡らしているうちに、点が線になってポケット辺りを滑った。「掏摸だ?」と直感、反射的に吊革を掴んでいた右手でポケットの辺りをパシンと大きく叩き右に振り向いた。男の手を捕らえることはできなかった。
 男は前を向いたままだ。音を立てて右腰を叩いたのだ。普通なら私を見るだろう。だが、前を向いたまま動かない。男を見ながら右手はポケットを探った。何も入っていない、アッ盗られたか? 左手で左ポケットを探る。有った、両替したマルタの現金とカード入れ。日常の生活では、現金は左ポットに入れる癖が私にあるからだ。ホッとする。                 
 この間、ずっと男を見続けていたが、その横顔は硬く、身じろぎもしない。右手は吊革を掴み、ショルダーバッグを背中側、左手は真下に下ろしたままだ。白人で20代後半か。掏られたわけではない、手首を掴んだわけでもないから「お前は掏摸か」とは言えない。それに「掏摸」って英語やマルタ語で何と言う? 
 次の停留所に着くと、髭面の男は乗車口から素早く降りて行った。料金を払わない無賃乗車だ。その男に気を取られている間にジャケットの男は居なくなった。前方降車口から下車したようだ。

 二人が下車した後、私は掏摸と思える男と接触し右手でズボン叩いたことを妻に話すと、「髭面の男が新聞を大きく広げて、(私との間を)遮ったので、気になってその音は聞いていない。新聞を読んでいる様子がなく、怪しげな気がした」と言った。



 おそらく、ジャケットの男はバスの車内でカモ(観光客など)が乗車するのを待つ。東洋人のカップルが乗ってきた。男は窓外の景色を眺め始め、うまい具合に右手で吊革を掴んでいる(私の右脇が空く)、女は離れた所に居る。絶好のカモが見つかったと仲間に連絡。待ち受けた鬚面の男がバス停から乗り込む。こんな仕組みだろう。
 髭面の男が、揺れるバスの中に新聞を持ち込んで読むこと自体、うさん臭いと感じたが、私たちの間を遮りジャケットの男に仕事をさせる兄貴分、あるいは補助役で、二人は掏摸仲間に間違いないと確信した。

       ◇         ◇

点と線の接触-掏摸と直感?
 リスボンでの私たちとプラハでの友人は、お互いに掏摸の被害に遭ったが、集団の掏摸なので誰に掏られたかは判らない。しかし、マルタ島では直に掏摸と接触、バスの車内で右足ポケット辺りに点と線の接触を感じ、それが「掏摸だと直感」に繋がったのは何から感じたのか、振り返って考えてみた。
 まず、リスボンでの掏摸の被害と友人の体験談が潜在意識としてあり、空いているバスの中で隣に来て吊革を掴んだ男の存在が気になったこと。
 「点と線の接触」に関しては、合気道の稽古で培った指先・掌など、僅かな筋肉の動きを察知する皮膚感覚が発達し敏感になったことがあるのではないか。手解きの稽古で技を掛けようとして、指先を曲げる、指関節を折るなど、指先の微妙な動きは、稽古を続けていると判るようになる。
 もちろん、これは掌から感じ取る感覚で、今回のような腰に接触を受けたこととは違うが、手解きも含めて、相手との接触と皮膚感覚に気を集中させ、発達させることで小手の感覚だけでなく、体全体の皮膚感覚が高まるのではないかと私は考えている。指先の曲げや二教における手首の折り・捩じりなどは無駄な動きだ。合気道的には無駄な動きは相手に察知され、技が掛からなくなる、消されてしまうことになる。
 無駄な動きはしないは、掏摸の世界でも同じだろう。「スリ」黒木和雄監督-という映画を以前に観たが、主人公の昔気質の掏摸師が見習いの若者に「(プロは)相手の体に指先を触れないことだ」と語るシーンがあるが、ジャケットの男は一度ならず二度も私の体に接触したのだ。掏摸とは他人が身に着けている金品を気づかれないように盗み取る指の行為、「相手の体に指先を触れない」は日本だけの鉄則ではない筈。指を触れる無駄な動きをしたのだ。私をよほど楽な「カモ」と過信した掏摸か、未熟な掏摸ではないか。
 掏摸の被害に遭った経験と、合気道での皮膚感覚の発達と集中、スリの未熟さが(プロなら最初の点の接触で止めると思う。過信も未熟の内)重なったことが、掏摸と直感に繋がったと推測できる。右手が反射的に動いたことも、小手を捕えるつもりで動いたのではなく、無意識に反応しただけ。
 ただ、今になって当時の状況を思い出せば、空いている車内で男が隣に並び、ポケットの辺りに点と線の接触があったのだ。私だけでなく多くの人が不審を感じ、掏摸ではないかと推測できると思えるが。
 掏摸とは接触はしたが、被害に遭わなくて好かったと思う。あの時、右手の反応で掏摸の手に当たっていたら、その後の展開はかなり変わっていたはずだ。実害はなかったのだ、当たらなくて好かった。   (2019年4月)






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